ムクデン満鉄ホテル
■網代の不思議ホテル探訪
だらだらと化石燃料を浪費し、地球温暖化に貢献していると、思わぬ発見をすることがある。某日深夜の伊豆半島、熱海から伊東へ南下する国道135号線の網代付近で、不思議な建物と意外な文字が私の視界をかすめた。建物とは屹立する六面体の塔。文字とはその塔に書かれた「奉天忠霊塔」、塔の横の山腹にあった「ネール」「チャンドラ・ボース」。こんなところに旧軍関係の施設か?
しばらく後の某日、国道135号線を逆に伊東方面から北上していると、同じ場所、塔の奥に小さな建物が見えた。ブラインドのカーブを回ってすぐの場所にあるので危なくて減速できず、そのためしっかり確認はできなかったが、通り過ぎざまにチラリと読めた「満鉄ホテル」の文字は、忘れようにも忘れられないインパクトを持っていた。何か満州関係の施設か?
「ホテル」と名乗るからには泊まれるのだろう。これは泊まってみるしかあるまい。1人じゃ心細いので趣味の合いそうなANCHOR氏を引っ張り込み、網代の宿リストから見つけた連絡先にANCHOR氏が予約の電話を入れる。おっさん2人が特に理由もなく泊まりに来るのが不審だったのか、いろいろ聞かれたそうだ。「なにしに来るんだろうという困惑が、電話の向こうからありありと(笑)」(ANCHOR氏談)。「満州関係の方ですか?」という質問もあったらしいが、この年齢では関係しようがない。とりあえず予約は受けてくれたそうで一安心。
2004年2月吉日、おっさん2人は勇躍伊豆へ向かった。しかしいきなり東名高速が渋滞し、さらに小田原の先でも大渋滞にはまってへこむ。横をすいすい走り抜けていく電車に悪態をつき、いっそ家まで戻って電車で出直した方が早いのではないかと弱気になる。途中どこかで昼食をとり15時過ぎにホテルへ到着してのんびり過ごす計画は破綻し、そもそも「満鉄ホテル」なるものが本当に存在するのか、などという気もしてくる。
飲まず食わずで午後遅い時間にやっと熱海を通過。もうすぐ目的地だが、このまま着いてしまうと夕食までなにも食べられない。なので目についたスーパーマーケットで食料を調達し、さて出発と思ったら駐車場に「満鉄ホテル」の車を発見! おお、エビデンスだ! 本当にあるんだ!

↑感動の瞬間。我々のおかずを買いに来たのか
さて、最後に少し走って満鉄ホテルに到着である。車が駐車場に入るとすぐに玄関のドアが開いて、にこやかな女性が出ていらした。支配人の奥さんで、ANCHOR氏の予約電話を受けたのも彼女だった。念願かなったおっさん2人は周囲を見回しきょろきょろうろうろしてからやっとロビーに入る。天井が高い。テーブルの上に旧満州にあった学校の同窓会報が山積みだ。客室階に上がる階段の踊り場は書架になっていて、満州関係の書籍がずらりと並んでいる。さらに旧満州にあった都市の地図、満鉄の社用封筒、満鉄の社旗、アジア号の写真など、満州ファンなら感涙にむせぶこと間違いなしの空間だ。

↑2階廊下に掲揚されていた満州国の国旗。満州と満州民族を示す地色の黄と赤(情熱・日本民族)、青(青春・漢民族)、白(純真・蒙古民族)、黒(公平・朝鮮民族)の全5色で五族協和をあらわしている
通された2階の部屋にはすでに暖房が入っており、快適に暖まっていた。共同風呂は温泉でこそないが24時間いつでも入れるのもいい。さらに各部屋にもトイレとユニットバスが設置されている。大小のタオルに浴衣と丹前、歯ブラシやひげ剃り、ヘアドライヤーも完備。お湯が満たされたポットの脇には緑茶とジャスミンティー。大型のテレビと冷蔵庫もある。1階のダイニングは広々とした空間で、大きな窓から遠く初島が望める。屋上や正面の庭にはイスとテーブルが置かれ、夏に海を眺めながらビールを飲んだらさぞやうまいだろう。

↑広々とした客室(12000円の部屋に8000円で泊めてもらった)。インテリアはレトロ調で色使いも落ち着いている。窓からは初島が望め、朝日もさしこむ
■支配人の話を伺う
朝夕の食事の際、支配人の酒井氏からじっくりとお話しを伺うことができた。酒井氏ご夫妻で切り盛りしておられるこのホテル、正しい名称は「ムクデン満鉄ホテル」。“ムクデン”とは満州語で“栄える都”という意味。酒井氏ご自身も満州からの引き揚げ者だ。10年ほど前にこのホテルを開業し、ホテルの裏山に旧満州にあった日本人学校の校歌を碑にして建て始めた。現在106基でさらに増加中。名前だけは知っている建国大学の校歌や、満州国歌の碑もある。噂を聞いた旧満州出身者が歌碑の見学に訪れ、夜はホテルでのんびり昔話に花を咲かせるそうだ。

↑歌碑がある裏山は急斜面にもかかわらず下草が綺麗に刈られている。ここを手入れするのはかなりの重労働だろう

↑↓朝日小学校と大連中学は作詞北原白秋、作曲山田耕筰とビッグネームを起用。しかし歌詞の終わりが「朝日、朝日、朝日小学」、「大連、大連、大連中学」とワンパターン

ホテル前で異彩を放っている「奉天忠霊塔」は、日露戦争での戦死者を祀るために奉天(現在の瀋陽)にあったもの。第二次大戦後に取り壊されてしまい、酒井氏がこの地に再建した。

↑夜これがいきなり見えて驚いた奉天忠霊塔。崖に描かれているのは、ホテル隣にある名刹長谷観音ゆかりの行基菩薩。なぜチャンドラ・ボースやネール、孫文の名前があるのかは聞き漏らした。次回の課題。ちなみに右側が愛車ぷじこちゃん
全くの嘘ではないが「満州に興味がありまして」などと言い募り、それよりも実は変わったもの見たさの興味本位でここに滞在した私はその心根を恥じた。天井が高くて気分がいいことを酒井氏に告げると、旧満州に一般的だった欧風の造りを意識したとのこと。宿泊者の9割は満州関係者で平均年齢は68歳。そのため階段や風呂場など要所には手すりも設置されている。残りの1割は釣りと海水浴の客だとか。ほとんどの客は交通機関が混雑する週末を避け、平日に利用するらしい。土曜日なのに我々しか客がいないので心配になったのだが、まるっきり杞憂だった。
何よりも楽しかったのは、酒井氏の話だ。満州時代から戦後の混乱期にかけての思い出話は我々にとっては新鮮で、笑っちゃいけないのかもしれないが爆笑の連続。ちょっと書けないような話も多いので、ぜひ宿泊して直接聞いてほしい。酒井氏のお話を聞いたり満州関係の蔵書に目を通していると、時間がいくらあっても足りない。隔絶した立地ですることもなさそうだしと読書用の本を持参したが手に取ることもなく、部屋のテレビは電源オフのままだった。若い人の宿泊も歓迎しているとのこと。快適なホテル、おすすめです。
■ムクデン満鉄ホテル
住所:〒413-0103 静岡県熱海市網代546-17
電話:(0557)68-2657
料金:1泊2食付き1人8000円(山側の7500円の部屋、広い12000円の部屋、9人で泊まれる18畳の和室もある)
交通:
・鉄道:JR伊東線網代駅下車、タクシーかバスに乗り換え
・タクシー:網代駅から約7分、950円
・バス:網代駅前の網代駅バス停から弘法滝行きに乗り約7分、長谷観音前下車、240円
・車:国道135号線沿い、熱海から伊東に向かい網代の先のトンネルを2本抜けたらすぐ右側。伊東方面からのブラインドになったカーブのすぐ先なので対向車に注意。

↑奉天にあったヤマトホテルの外観を模している
【宿泊時のメニュー】
・夕食
水餃子
エビフライと野菜サラダ
湯豆腐
お刺身三種
エビシュウマイ
サクラエビとチンゲンサイのスープ
大学芋
漬け物
もずく
ごはん
みかん
・朝食
干物
海苔
漬け物
昆布の佃煮
スクランブルエッグと野菜サラダ
ワカメのみそ汁
ごはん
牛乳
コーヒー(サービス)


Comments
すばらしい。
今すぐ、行きたくなりました(笑)。
まだ試験運用中ですか? トラックバック+リンクしてしまってもいいですか?
Posted by: ANCHOR | 02/26/2004 at 10:57
タイに住んでます。ので、別の意味で身につまされました。例えば10年後に日本に帰国して余生を送ることになったら、自らもバンコクホテルとか作っちゃったりするのかな、とか。海外に住んでいると、既に隔絶した世界の中に生きているので、たとえ故郷に帰っても、それを続けることになっちゃうのかな。とか。妙にシリアスなコメントですみません。
Posted by: あお | 03/02/2004 at 12:49
あおさん、いらっしゃいませ。
「バンコクホテル」、ぜひ建ててください。泊まりに行きます。
Posted by: ずんころ | 03/02/2004 at 14:59
はじめまして。ホらデッキからこっちにもきてみました。昨年夏にわたしも念願かなって満鉄ホテルに泊まることができました。概観に漂う異様な雰囲気とはかけはなれた温かみのあるホテルとオーナー夫妻にある種の感動を覚えました。お泊りになったお部屋は私たちが泊まったところと同じみたいです。私たちもまったく同じ場所に車を停めて記念に写真とってます。食事も水餃子と大学芋があったのを覚えています。どれも手作りっぽくておいしかったです。
Posted by: suika | 05/17/2004 at 18:24
suika様
はじめまして。場末へようこそ。
こんなブログでスミマセン。
いいところですよね、満鉄ホテル。あの外観も、ターゲットを絞った結果だと思えば納得できます。
夏になったら満鉄ホテルの屋上で、海を見ながらビールを飲んでみたいなどと考えてます。
Posted by: ずんころ | 05/17/2004 at 20:50